ゆらゆら ながれるように

毎日を楽しくすごくための心の整理

子供を連れていく母性とエゴ

子供が産まれてから

子供のことを考えると漠然と死が怖くなった

1人、暗闇で母乳をあげながら怖くなる

この子が成長したときの未来が

明るくありますようにといつも願った

 

死の恐怖は母性から来るのかわからない

子供のために存在しないといけないと

そんな風に思っていた

 

子供には母親が必要とよく聞くけれど

何か根拠があるのかどうなのか

もし、両親どちらか1人と暮らすなら

愛してくれれば

父でも母でもどちらでもいいんじゃないかと

そんな風に思っている

 

相手は子供にとってはいい父親だった

子供のことも愛していたと思う

私が子供を育てたほうが絶対的に良いとは

正直言い切れない

どちらがより愛していたかなんて測れない

 

私が家を出たとき

子供を置いていくという選択肢は全くなかった

子供を残しては出られなかった

 

子供のことを愛していたから

それと

子供を置いていく母親になりたくなかった

連れていくことは、ある意味私のエゴだった

もしかしたら、子供は父親といたほうが良かったのかもしれない

でも、私は子供を連れて出た

 

子供に選択肢はない

私が勝手に連れて行ったエゴと

母親だから子供を置いて行けない

潜在意識のような母性

 

母親と離れても、父親と引き離されても

どちらも子供を悲しませる

 

同じ悲しさなら母親といた方がいいと思った

子供には母親が必要だと思いたかった

ただただ、子供と離れたくなかった

嘘をついてはいけないということ

嘘をついてはいけないと、子供の頃なら誰しも一度は言われたことがあるかと思う

 

子供の時、多分それなりに、怒られるのを避けるために嘘をついていたと思う

 

小学生のある時、宿題をやったのかと父親に問われた

やってなかったけど、遊びたかったので、やったと嘘をついた

そしたら、どこをやったのかと確認されてしまった

 

私はその展開を予想しておらず、バレてさらに怒られる想像がついた

頭の回転が速くないので、さらに嘘をつくことはできず、嘘だったと伝え、案の定怒られた

やっていないこと、嘘をついてはいけないこと

 

こんな些細な経験から、嘘は必ずバレると認識した

バレて困るような嘘はついてはいけない、嘘は絶対にダメなものだと思い込んでしまった

 

嘘とは何か

 

私はあまりお世辞とか、その場しのぎの会話が上手でない

思っていないことをうまく口に出せない

感情と違うことを発する行為が苦手で、何かしら顔に出てしまう気がする

 

そうやって、気持ちと反することを言うことが嘘のように思えることがあるし

やったことをやっていないと言うような、子供の頃のエピソードのようなことも嘘をつく行為だと思っている

 

その延長からなのか、なんなのか

聞かれていないことまで喋らないといけないような、包み隠さず言わないといけないような感覚も持っている

 

でも、この歳になって気付かされた

 

言わなくてもいいことはある

嘘が必要なときもある

相手が聞きたくない話だってある

お互いが気持ちよく過ごすために、何もかも話す必要はない

 

私は自己満足だったのかもしれない

馬鹿正直に生きることは、すごく生きにくい

 

嘘も方便

 

きっと生きかた上手は使いこなしてるんだろうな

 

幼少期からの刷り込み思い込みは、なかなか消えない

かつてはそういう人を否定していた

今は否定する気持ちはないけど、じゃあ自分がそういうふうに振る舞えるかといわれると難しい

 

もしかしたら、私は嘘がつけない性格です、というのを勝手に売りにしているのかもしれない

核に近い部分を変えることが怖いのかもしれない

結局は嘘が悪いという固定概念が外せていないのか

 

ほんとは嘘をつける人が羨ましい

 

結婚から離婚までを振り返る③

友人の紹介を経て、ラインをすることになった

 

あまり覚えていないけど、多分、どんな仕事をしているのかとか、どんな音楽、テレビが好きかとか、そういうお互いを知り合うようなやり取りをしていた

 

お互い好意的な感じだった

でも、顔は見えていない

もしかしたら、顔を先に見ていたら相手の眼中には入ってなかったかもしれない

 

ラインのやり取りが1ヶ月くらい続いたけど、向こうは会おうと言ってこなかった

写真を送り合ったことはあるが、実物に近いけどそれなりに写りのいい写真を送った

どういう反応だったかは覚えていない

相手がそれなりにイケメンであることがわかった

 

私はこのままやり取りをして、直接姿を見て関係が切れると傷つく気がしたし、終わるなら早い方がいいと思って、会うことを提案した

 

食事に行くことになった

 

ラインをしていた延長というか、向こうはすごくよく喋る人だったので、全く会話に困らなかった

早口でよく喋ることに圧倒されたことは覚えている

 

食事の後、場所を変えて、また話をしていた

尊敬している人はいる?と聞かれて、私は偉人とかそう言うのを知らなかったし、親と言ったら好印象かな?という悪知恵もあって、両親と答えた

どうも、相手が求めていた答えだったらしく、自分も両親を尊敬しているのだと話しが続いた

 

確かに私は親を尊敬しているけど、ありがたいと思う普通の感覚だった

多分、相手が思う親に対しての尊敬と比べたら、多分尊敬とは言わない感情な気がする

 

今は結婚したくないと思う人もいるけど、という前置きの元、お互い結婚願望があるということも、認識した

 

その2つが印象的な会話だった

 

家に帰って、とりあえずのラインは送った

相手が、実際に会ってみてやっぱり無理と思ったかもしれない

次会う約束がなければ、もう終わりだなと覚悟していたので、相手がフェードアウトしやすい余白を作った

 

私はというと、タイプの顔かと言われるとわからないけど、見た目がイケメンでびっくりした

今まで友達になるようなタイプの人じゃなかったから新鮮だった

沈黙もないし、話しやすいし、なんとなく楽な印象があった

私から断ることはない、一緒にいたら楽しそうだなと思った

 

結局、次会う約束も決まり、付き合うことになった

 

結婚から離婚までを振り返る②

なんとなく親に敷いてもらったレールの上を歩んできた人生

大きな挑戦をしたことがないから挫折したことはない

そういえば、中学生の時にイジメまではいかないけれど、なんとなく嫌がらせを受けたことはある

でも、欠席することなく通い通した

 

資格試験のため大学4年生では真剣に勉強した

全く悔いはなく、無事に受かった

 

よく友達が、子供のころ楽しかったから昔に戻りたいといっていたけど

私は戻りたいと思ったことは一度もない

そりゃ、死んだ祖父母に会いたいとか、そういえ感情はあるけど、友達が言うソレとは違う

確かに小学生は楽しかった、けど、その後に辛かった中学時代をもう一度過ごしたくはない

大学生活も楽しかったけど、もう一度試験を受けるのは絶対に嫌だ

 

色々乗り越えた今が1番好きだと思って、ずっとずっと生きていた

 

就職して何も乗り越えるものがなくなった

でも、人並みに生きたいという、なんとなくの理想の中に結婚があった

 

両親に私は結婚できないと思われている、と思っていた

1人で生きていけるように手に職をつけろと言われていたからだ

今思えば人並みに恋愛していた姉もそう言われていたから、自分だけ卑下することはなかったのかもしれないけど

1人で生きていけるように、と言う言葉が

お前は対して美人でもないし結婚できるかどうかわからないのだから、という含みを勝手に想像して理解していた

自分自身が結婚できないと決めつけていた証拠だと、今ならわかる

 

告白されて付き合って、私が振った彼のことも、私を好きになるなんて変わってるなと思っていた

 

でも、そういう貴重な人も探せばいるだろうと思って、出会いの場に行ったけど難しい

 

やっぱり誰かの紹介の方がいいのかも、と思い

近すぎず遠すぎずの友人に、誰か居たら紹介して欲しいと頼んでみた

 

それで知り合ったのが旦那だった

結婚から離婚までを振り返る①

まさか、離婚するとは思ってなかった

親や他人がどう思っていたかは知らないけれど

 

私はサラリーマンの父と、専業主婦からパート勤めを始めた母、姉と弟、何不自由ない生活をしていた

家族仲良し、という感じではない けど

他人の家族関係を詳しく知ることもなかったから比較対象がいなかったこともあり、家族とはこういうもんだと思って過ごしていた

そもそも、他人と比べようと思うことはなかったので、幸せだったのかもしれない

 

父は亭主関白で、母に相談しても、最後は父に直談判して物事を決める、という家庭だった

反抗しても、勝ち目はないし、反抗する気持ちはなかった

潜在意識の中に刷り込まれた、父に対しての尊敬が勝っていた

 

父がしっかりしすぎていたこともあり、私はのんびりしていた

私は父の反対を受けたくなかったし、目標や、やりたいこともなかったので、アドバイスのまま、医療専門職の資格を取るべく進学した

 

自己主張の少ない生き方をしていた

 

地元で就職も決まり、親の心配はとりあえずない状態となった

 

学生時代、好きになった人はいるし、告白したこともある

でも、誰かと付き合うことはできなかった

 

仲の良い友達も両手で収まるくらいの人間関係

誰かが結婚したから焦るという状況ではなかったけど、年齢を重ねるに連れ、なんとなく結婚したい、という気持ちも芽生えてくる

 

社会人2年目の時、友人の紹介で初めての彼氏ができた

好きでもないけど、嫌いじゃないし、せっかく好いてくれてるから付き合おうと思った

1年くらい付き合ったけど、その彼とは結婚をイメージできなかったので別れることにした

 

その後、合コンや婚活パーティーに行ったこともあるが、なんの取り柄もない私が上手くいくはずがなかった

 

お金がないわびしさ

独身時代は好きなものを買い、遊び

貯金はボーナス程度で

恥ずかしい程の額しかなかった

 

それを相手は知っていたので、

財布は俺が握ると言った

 

私は管理するのも面倒だったので

嫌とも何とも思わなかった

 

ガソリンと携帯代以外の生活費は毎月5万円

多いか少ないかわからなかったが

それでやってもらわないと困るようなことを

言われたので、何とかやりくりした

 

スーツをクリーニングに出してくれと

簡単に言ってきたが、それも困るくらい

切羽詰まることがあった

自分のコートはもちろん後回しだ

 

お金が足りなくなったら、言って

と言われていたが、言うのが悔しくて

ほとんど言わなかった

変な負けず嫌いが働いた

 

だけど、頑張るほど、それで足りると思われ

子供が増えても生活費は変わらなかった

自分で自分を苦しめているような…

頑張って褒められるのもなんか違う

そもそも褒められることはない

 

私は産前も産後も正社員として働いていた

お給料は、多くはないが少なくもない

二馬力としては十分な世帯収入だったはず

 

これもまた慣れで

毎月渡されるお金でどうにかやりくりする

そう言うものだと思ってしまうと

違和感を感じにくくなる

 

 

ひな祭りで、義実家で食事することがあった

料理が得意な人で、手作りのちらし寿司

イクラ、エビもあり豪華だった

 

私は美味しそうだな、と思う前に

エビなんて高くて買えないや、お金がかかってるなぁ、と心の中で思った

ご馳走がうれしい反面、そういったものを

買えない自分が侘しかった

もちろん材料があっても作る腕はない

 

義実家の暮らしは

私にはとてもキラキラして見えて

比べなくていいと頭では分かっていても

苦しかった

 

憧れてはいない

ただただ、いつもお金がない自分が侘しかった

無意識にそう感じていたから苦しかった

 

何のために働いているのか

お金のためならば

そのお金は何のため?

 

お金は汚いものじゃなくて

生活を潤したり、気持ちを満たしたり

悪いものじゃないのだよと

お金にも向き合っていきたいと思う

 

飲んでる人は全然飲んでないと言う

以前、自分が担当した患者さんに

「絶対お酒を飲む人と結婚したらあかんよ」

と言われたことがある

 

その人は脳血管疾患で倒れた60代の女性

シングルマザーで生活保護だった

 

白髪混じりの茶髪のロングヘア

スナックのママのような雰囲気

私は、その人がお酒を飲む人だと

勝手に見た目から想像していたので意外だった

 

どうも別れた元ご主人が酒飲みで大変だったと

 

娘さんにもお酒を飲む人は絶対にダメだと言い

娘さんもそれを聞いて守ったのだろう

何度か見かけた娘婿さんは

とても真面目そうな人だった

 

なんでか、その言葉だけがずっと残っていて

いまだに忘れられない

結婚する時、相手がお酒好きだった

自分の教訓を教えてくれた、あの人に

なんとなく後ろめたさを感じながら

乱暴するような人ではないし

飲んで潰れるところを見たこともなかったので

これくらいの酒好きならいいだろうと

自分を納得させた

 

蓋を開けてみると

私の相手は、根っからの酒好きだった

酔って楽しくなりたいと言う

寝落ちするのが気持ちいいのだとか

 

結婚してすぐに妊娠したため期間は短いが

妊娠前までは一緒に飲むこともあった

 

外で飲んで帰ってくることも多く

深夜に酔っ払って絡んでくることも多かった

嫌だと思いながらも段々と慣れていく

 

出産後、私は飲むこともできたが

酒飲みと一緒にされたくない気がして

お酒を飲まなかった

 

1人で酒を飲み、テレビを見て大きな声で喋る

子供がいても、コップが倒れまいと神経を注ぎながら酒を飲んでいる

寝かしつけのため寝室に行くにも

片手に子供を抱き、片手にコップをもち

階段を登る

決してお酒を離さない

 

私はそれに慣れてしまっていたので

あの人の言葉に対しての後ろめたさも

その時は忘れてしまっていた

 

今になって友人に話すとみんなが引く

それってアル中じゃないの?

 

酒が切れて荒れることはないし

一応、多少の理性は残してたものの

やっぱり中毒だったのかもと思えてくる

 

飲んでる人は飲んでるとは言わないのだ

いつだって頭はクリアで

自分は全然飲んでいないと言う

そのくせ、どれくらい飲めるのかと聞かれると

大きなことを言う

 

それもまた、結婚してわかったこと

酒飲みの相手は酒飲みしかできないのだ

 

この対談はすごく納得できて腑に落ちた

もしよかったら見てみてください

https://r25.jp/article/698797563895033416